佛教極樂與桃花源淨土

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人們到世上來感覺痛苦後,就會想找尋心靈上的淨土,陶淵明寫出心中美好的一片(人間)淨土,現代人也是會很想尋幽探訪,僧人就發展出道場來給世人一個寄託,你我經歷今是昨非、昨非今是之後,來個採菊東籬下,悠然見 南山的無我境界。隱居生活中來個飢寒交迫吧!了卻在「結廬人間,而無車馬喧」,體悟死前「不生不滅」的自然境界。
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花街の母 (はなまちのはは)

(花街柳巷中的藝妓母親) 日語演歌+(中譯)  19736(昭和48) 
金田たつえ(かねだたつえ) 作詩:もず唱平 作曲:三山敏

 金田たつえ(かねだたつえ) 作詩:もず唱平 作曲:三山敏
(1)
他人にきかれりゃ  他人詢問起
お前のことを  你的事情
年のはなれた妹と  我總是強顏歡笑回答說
作り笑顔で 答える私  你是我年幼的妹妹
こんな苦労に ケリつけて  如此辛苦日子真想早些結束
たとえひと間の部屋でよい  就算只有一間小小房間也好
母と娘の 暮しが欲しい  只冀望母女能一起過活
(セリフ)
いくらなじんだ水でも  無論和年輕姑娘
年頃の娘のいる  怎麼相識融洽
左褄(ひだりづま)  也只是混吃混住的
住みにくうございます  藝妓
浮名を流した昔もありましたが…  以往也是豔名在外
ああ あのひと  啊啊!那個人
私を残して死んだ  死去拋下我
あの人を恨みます  恨著那個人
(2)
厚い化粧に 憂いをかくし  濃妝艷抹,遮掩住憂傷
酒で涙をごまかして  用酒掩飾著淚水
三味にせかれて つとめる座敷  三弦琴聲催促著我上座陪酒
あれが子持ちの芸者だと  那就是帶著小孩的藝妓
バカにされても夢がある  雖然被輕視,卻依然有夢想
それはお前の 花嫁姿  就是你當新嫁娘的風采
(セリフ)
女の盛りはアッという間です  女人的青春年華,宛如「啊」的一瞬間
若い妓の時代  年青藝妓當道的年代
もう私はうば桜 出る幕ないわ  似我這般徐娘藝妓,已是落伍過氣
でも もう少し この花街に  然而,在此花街柳巷中
私を置いて下さい  請讓我有一丁點安身立命之處
せめてあの娘に いい花婿が  至少等到我女兒找到
見つかりますまで  如意郎君為止
(3)
何度死のうと 思ったことか  不知有幾次想一死了之
だけど背で泣く 乳呑児の  不過在背上的你,用嬰兒啼哭聲
声に責められ十年過ぎた  責怪著我,如此已悠悠過了十年
宵に褄とる女にも  即使是夜裡當藝妓的女人
きっといつかは幸福が来ると  到今天為止,相信「幸福總有一日
今日まで 信じて生きた  一定會來到」,而活到現在
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